『東京ハイダウェイ』
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<書評>『東京ハイダウェイ』古内一絵(かずえ) 著
[レビュアー] 重里徹也(聖徳大特任教授・文芸評論家)
◆お疲れ現代人へのエール
「ハイダウェイ」とは「隠れ家」「人目につかない隠れ場所」といった意味。東京で生活する人々の心模様を描く連作短編集。人間の裏表を見据える鋭い視線と、ストレスに耐える現代人を気遣う温かな筆致が交錯する一冊だ。
東京都港区にある中堅のイーコマース(電子商取引)会社が主舞台。つまり、インターネット上で総合的なショッピングモールを運営している企業だ。2022年夏からの一年間を描いている。
6つの短編が収録されている。主人公は次々に移っていくのだが、それぞれにトラブルに見舞われ、不安を抱えている。父親の死に自分も責任があるのではないかと悩み、不眠症に苦しむ、まじめな若手社員。社の経営方針と現場のあり方の矛盾に悩む40代の女性中間管理職。
いじめに遭い、不登校になってしまった高校生。地方に住む母親から、結婚するようにせきたてられているカフェチェーン店の女性店長。小学生の頃の事件が原因で、ときどき、心因性の吐き気に苦しむ内勤の女性社員。
彼らにはしかし、隠れ家のような場所がある。そして、そこで一息つき、何とか前向きに生き続けようとする。
この場所の描き方が具体的で楽しい。オフィス街の路地裏に建つ科学館のプラネタリウム。お昼に無料の時間帯があって、夏など涼しくて重宝しそうだ。都立夢の島公園の第五福竜丸展示館や熱帯植物館。歴史と自然を同時に学び、体験できそうだ。
美術館の展望休憩室からは東京の夕景が眺められ、水族館のクラゲは水中を漂っている。そこに身を置けば、随分と癒やされるだろう。子ども図書館の閲覧室や中庭は訪れてみたくなった。そして、高校生はひょんなことから、ボクシング教室に通うことになり、着実によみがえる。
理不尽なトラブルもあれば、一見どちらが正解か、わからないような摩擦もある。しかし、休みながらも日々を乗り越えていく登場人物たちの姿は、パンデミックの後を生きる人たちへの静かで確かなエールになっている。
(集英社・1980円)
作家。2010年にポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、翌年デビュー。
◆もう一冊
『十六夜(いざよい)荘ノート』古内一絵著(中公文庫)。大伯母から屋敷を相続した男性が主人公。