4月12日に米ロサンゼルス連邦地検が銀行詐欺容疑で訴追したと発表して以降、「水原一平氏」あるいは「水原一平通訳」の呼び名は、「水原一平容疑者」へと変わることとなった。
大谷翔平選手の潔白がその場で断言されたことは多くの日本人や野球ファンを安心させたことだろう。
一方で、本人ならずとも不安なのは、水原容疑者の今後である。量刑もさることながら、弁済をどうするのか、生業をどうするのか等、お金にまつわる課題も多く残されている。
ギャンブルなどではなく、合理的な一攫千金の手段として残されているのは、自身の経験のマネタイズだろう。
デイリー新潮では、記事の中で、手記を執筆した場合、過去の事例からすると3億円くらいの収入を得られても不思議はないという見方を紹介している(水原一平氏「手記」「映画化」の成功で「3億円以上の収入」も可能 これで大谷翔平に弁済できるか)。
この記事に寄せられたコメントの中には、「これ以上大谷さんに迷惑をかけることは許されない」「犯罪者が手記で儲けるなんておかしい」といった意見も見られるのだが、実際には過去、その種の手記、告白本は数多く出版されている。一つのジャンルを確立していると言っても過言ではないのだ。
代表的なものをいくつか見てみよう。
ディカプリオが演じた実在の詐欺師
前述の記事でも取り上げられていたのは、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(ジョーダン・ベルフォート著、酒井泰介訳・ハヤカワ・ノンフィクション文庫)。
著者のベルフォート氏は、もともとはアメリカの株式ブローカー。1998年に証券詐欺とマネーロンダリングの罪で起訴され、株式市場操作などで有罪となり服役した。これらの犯罪や薬物依存の経験などについてまとめた同書は世界中で販売され、マーティン・スコセッシ監督により映画化もされた。彼の役を演じたのは、レオナルド・ディカプリオである。出所後は、講演活動も行っているという。
同様に有名なのは、映画『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』の原作、『世界をだました男』(フランク・アバネイル他著、佐々田雅子訳・新潮文庫)だろう。パイロット、医師、弁護士などに扮して小切手詐欺を行った著者による回想録だ。どういうわけか、こちらも詐欺師役はレオナルド・ディカプリオ。監督はスティーブン・スピルバーグである。原作者のアバネイル氏は出所後、経験を活かして詐欺防止のノウハウを売りにしたコンサルティング会社で成功したというからたくましい。
連続殺人犯の手記が物議を
日本でも過去、多くの犯罪者が手記を発表している。
近年もっとも物議を醸したのは、『絶歌』(元少年A著、太田出版)だろう。神戸の連続児童殺傷事件の加害者による手記だ。遺族に事前に知らされていなかったこともあり、出版そのものが強い批判にさらされた。
同種の波紋を呼んだのは『霧の中』(佐川一政著、彩流社)である。友人の女性を殺害後に食べたといういわゆる「パリ人肉事件」の加害者による自伝的小説は、当然ながら強いアレルギー反応を示された。
他にも暴力団の組長らによる「自伝」は数多くある。有名なのは、田岡一雄・山口組3代目組長のものだろう。映画化もされ、高倉健が演じている。ディカプリオ同様、大スターが配役されたということになる。
「獄中記」というジャンル
それぞれの半生や犯罪についての手記以外に、数多く出版されているのが、獄中記だ。
日本では『獄中記』(佐藤優著、岩波現代文庫)、『刑務所なう。ホリエモンの獄中日記195日』(堀江貴文著、文春e-book)あたりが近年のヒット作として知られる。歴史をさかのぼれば、明治・大正の思想家、大杉栄も『獄中記』を発表している。
海外ではベストセラー作家の手によるものもある。『新装版 獄中記』(ジェフリー・アーチャー著、田口俊樹訳・ゴマブックス)は、『百万ドルをとり返せ!』など数々の世界的ベストセラーで知られるアーチャー氏の2年ほどの服役体験をまとめたもの(罪名は偽証罪と司法妨害罪)。出所後も次々ヒット作を生み出している。
このようにして見ると、水原容疑者が今後、「作家」としてのオファーを受ける可能性は高そうだ。やり方次第では、大谷選手と出会い転落するまでの「懺悔録」と、獄中記の2種類を刊行することも可能だろう。
なお、実際に犯罪者の原稿を扱ったことのある編集者によると、
「注意しなければいけなかったのは、特定されたくない関係者の扱い。さらには話を“盛って”いないかどうかのチェックでした。自分を大きく見せたりする傾向があったので」とのことである。
目下、伝えられるところでは、水原容疑者は大谷選手への謝罪の意を素直に示しているというので、さすがに大谷選手の私生活を暴くようなものは書かないだろう。また、セールスを考えても、暴露本ではなく懺悔録のほうが受け入れられやすいのは間違いない。
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