「不倫」はバレてからが本番…“恋ってすごい”と浮かれる47歳女性を直木賞作家が一刀両断

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■「たとえバレても離婚はない」は単なる願望でしかない

彼女の返答に開き直りを感じたのは、私の思い過ごしではないはずだ。

よく聞く不倫脳とはこういうことを指すのかもしれない。

何だかんだ言いながら、彼女は自分のやっていることを肯定する言葉しか持ち合せていない。そして当然のように夫と同期させて、納得している。

夫が妻の不倫を知った時、果たして彼女と同じ考えを持つだろうか。腹立たしさ、屈辱感、裏切られたという失望。何より、他の男と体を重ねている妻に対する嫌悪感。生理的感情は女独特と思われがちだが、男にだってあるはずだ。いやむしろ強いかもしれない。

彼女の「バレない」「たとえバレても離婚はない」との自信は、単なる願望でしかないことを、彼女はどこまで自覚しているのだろう。

個人的に、不倫をとやかく言うつもりはなく、それは夫婦や家族の問題であって、部外者が正論を振りかざす権利はないと思っている。

世の中には不倫なんてものに縁のない夫婦もいるが、不倫に走っている夫婦もそれ相応にいる。不倫していないから仲がいいかといえば、完全に壊れてしまっている夫婦もいるし、妻が、夫が、もしくは双方が不倫していても、それはそれで仲良く暮らしている夫婦もいる。婚外恋愛を互いに公認しているという、特殊なケースも知らないわけではない。

しかし不倫は、することより、バレてからが本番である。

その時は不意にやって来る。もしかしたら彼女の場合も、すでに夫は気付いていて、水面下で動き出しているかもしれない。

その時、今まで恋に浮足立っていて、気が回らなかった自分の立場と直面することになる。自分だけじゃない。夫の感情、不倫相手の本音、さらに相手の妻の言い分、それらが具体的な形を持って目の前に突き出される。

もし夫から離婚を切り出された時、彼女はどう対処するつもりだろう。婚姻関係が解消されるということは、ひとりに戻るということ。すでに仕事を辞めてしまった彼女は、もう専業主婦でも扶養家族でもない。住む場所は? 仕事は? 収入は? これからの生活は?

調べてみると、結婚20年くらいの夫婦で、不貞が原因での離婚の場合、一般的な慰謝料は100万から300万くらいが相場らしい。仕事をしていない彼女は、その金額をどう用意するのだろう。財産分与と相殺するという手もあるようだが、あくまで、財産を折半してもそれくらいの額が残る場合の話である。

また、当然ながら彼女は相手である彼の妻からも慰謝料を請求される可能性がある。更に、夫は彼女の不倫相手に慰謝料を請求する権利がある。

そうなった時、不倫相手である彼はどのような態度を取るだろう。妻と別れ、彼女と結婚する。確かにそれもないとは言えないが、ふたりの状況を聞く限り、その可能性は極めて低いのではないかと推察する。彼女は恋と言ったが、彼にとっては単なる浮気でしかないという気がしてならない。

きついことを言うようだが、彼がバレないよう慎重だったのは、彼女のことを思ってではない、自分を守るためである。それは当然で、男は社会的な生き物であり、夫として、父親として、会社員としての立場を何よりも優先する。それはとても分かりやすい構図だと思うのだが、今の彼女は思い至らないようである。

不倫は他人が口出しするものではないと、先に書いた。

それでも、これだけは言わせてもらいたい。

どんなに恋と体を満たす行為にとりつかれても、この先に待っているものは何なのか、その想像力だけは失わないで欲しい。ひとりの女でありたいという願望の代償として、何を失い、誰を傷つけ、ダメージはどれほどのものなのか、それらをすでに考える時期に来ていることを自覚しておいて欲しい。

と同時に、それを踏まえた上での落とし前のつけ方を、今のうちから準備しておくことをお勧めする。

唯川恵
1955(昭和30)年生まれ。作家。1984年「海色の午後」でコバルト・ノベル大賞を受賞しデビュー。『肩ごしの恋人』で直木賞、『愛に似たもの』で柴田錬三郎賞受賞。『ため息の時間』『100万回の言い訳』『とける、とろける』『逢魔』など、著書多数。

Book Bang編集部
2023年11月 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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