「不倫」はバレてからが本番…“恋ってすごい”と浮かれる47歳女性を直木賞作家が一刀両断

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「え……。それは妻ではなくて、ただの女に戻れるっていうか」

なるほどね。

それで、彼と関係を持つことで、何か変わった?

「そうですね、シンプルに行為を楽しめるようになりました。楽しむなんて感覚を長く味わっていなかったから、尚更そう感じるのかもしれません。彼の前では大胆なこともできるし、もっと言えば、まだ私も女でいられるんだって自信がつきます。若い頃は、47歳の女なんて恋愛どころか、性欲もなくなったオバサンだと思ってましたけど、ぜんぜん違うんですね。やはり恋の力ってすごいなって思います」

恋?

「え?」

失礼だけれど、話を聞いている限り、恋というより、体だけの関係のように思えるのだけれど。

「私は恋だと思っています。不倫だって恋は恋ですよね。この年の女が恋をするのはおかしいですか」

そんなことを言っているのではない。仕事の合間にホテルで待ち合わせて、食事をするわけでも、話し込むわけでもなく、行為だけするなんて、結局はお手軽な遊び相手でしかないのでは? と思えてしまう。

「他人にどう思われようといいんです。私は恋だと思っているし、今の私たちには必要な時間なんです」

彼女は少し頬を硬くした。

彼女が「恋」だと言うなら、まあそう受け止めておこう。

■「これは神様がくれたご褒美なんじゃないかって」

それで、これからどうするつもり?

「できるだけこの状態を続けられたらと思っています。彼のことはすごく好きですけど、結婚を望んでいるわけではないし、彼の家庭を壊す気もありません。ただ今は、自分が女であることを実感していたいんです。不妊治療であれだけ苦労して、長い時間を失ったんだから、これは神様がくれたご褒美なんじゃないかって」

ご褒美か……。

「でも、いつかは終わらせなければいけないこともわかっています。このまま続けられるわけがない。どんなに辛くても、夫がまだ何も気づかないうちにケリをつけなければって、それはいつも考えています」

そのセリフは少々悲劇のヒロインがかっているようにも感じてしまう。と同時に、彼女は口では「いずれ別れる」と言っているが、話を聞いている限り、そんなつもりは毛頭なさそうにも思える。

何より、どうして夫が気づいてないと信じられるのかが不思議である。

「そういうことに気の回る人じゃないんです。それにバレないよう細心の注意を払っていますから」

それはあまりにも楽観的過ぎるのではないだろうか。実際には夫を舐めてかかっているだけのようにも思える。確かに夫はいい人のようだが、いい人と、ただのお人好しは違うのだ。

うしろめたさは?

「もちろん、あります。世に言う不倫ですから。でも、今の私にはやっぱり彼が必要なんです。彼の存在があるから、よりいっそういい妻でいようと頑張れるんです。夫に優しくなれるし、お料理や家事も手を抜かず、家で夫が快適に過ごせるように部屋も整えています」

この言い訳は、浮気をする男とあまり変わりはないようである。

「妊娠を諦めた時、仕事に出ようかって言ったんですよ、でも夫はこのまま家にいてほしいって。今の状態が夫にも心地いいみたいです」

妊娠を期待して、ずっと味気ない行為を繰り返してきたのは夫も同じのはず。だとしたら夫もあなたと同じように、他に女性がいるという可能性だってあるのでは?

「そうですね、確かに絶対にないとは言えませんけど、そうなったらそれも仕方ないかなって気持ちもあります」

許せるということ?

「自分もこういうことをしているわけだから……。私にバレなければ、ないと同じかなって。夫も辛かったのはわかりますし」

つまり、自分は夫を許せるから、夫も自分を許せるはずと?

「何より、私たちは夫婦としてうまくいっている自信があります。だって今の私ぐらい、夫のために尽くせる女は他にいないんですから」

もしバレたら?

「その時が来たら、その時に考えるしかないと思っています。それでも、今の私にはやはり彼が必要なんです」

唯川恵
1955(昭和30)年生まれ。作家。1984年「海色の午後」でコバルト・ノベル大賞を受賞しデビュー。『肩ごしの恋人』で直木賞、『愛に似たもの』で柴田錬三郎賞受賞。『ため息の時間』『100万回の言い訳』『とける、とろける』『逢魔』など、著書多数。

Book Bang編集部
2023年11月 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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