圧巻の伏線回収 ! いま1番読みたい新時代の就活 ミステリ! 浅倉秋成『六人の嘘つきな大学生』試し読み

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 人事部長の鴻上(こうがみ)さんは自由な社風を象徴するように、ネイビーのスーツにキャメルの革靴を合わせていた。選考が次のステップに進むにつれて鴻上さんのファッションがカジュアルに、しかし華やかに変化しているのは、たぶん気のせいではない。人事部が徐々に、僕らに対してスピラリンクスの内部を、実態を、日常を、開帳し始めているのだ。

 鴻上さんは指輪の位置を気にするように軽やかに手を動かすと、

「ただし、グループディスカッションの開催日は、今日──ではありません」と上品な笑みを浮かべながら言った。「開催日は一カ月後の四月二十七日になります。メンバーは現在この会議室に集まっている六人。議題は弊社が実際に抱えている案件と似たものを提示し、それを皆さんならどのように進めていくか議論──というようなものにする予定です」

 うんうんと、会議室の壁面に並んでいた鴻上さんの部下である人事担当者の一人が大きく頷(うなず)いてみせた。心なしか人事は一様に誇らしげな顔をしている。ある意味で彼らは僕らをここまで導いてくれたメンターでありながら、同時にこれまでの選考でねじ伏せてきた小ボス、中ボスたちでもあった。並んで立っている姿は、さながら今日までの道のりの険しさを象徴するダイジェストのようでもある。

 会議室は全面ガラス張りで、忙(せわ)しない様子で業務に励むスピラの社員たちの姿が目の前に窺(うかが)えた。まるでショーウィンドウだ。彼らが動いている気配を感じるだけで蕩(とろ)けるような高揚と、そこに絶対に加わりたいという情熱が沸き上がってくる。奥にはボードゲームやダーツに興じながら会議ができるという特殊なミーティングルームの姿が確認できた。一流コーヒーショップと提携しているというカフェスペースも、スピラの登録者数がリアルタイムで表示されるという電光掲示板も、すべてパンフレットで見たとおりのものが広がっていた。

 あとたったのワンステップ。たったそれだけで、ここに自分の席ができる。滲(にじ)んだ手汗をリクルートスーツのスラックスで拭(ぬぐ)う。

「安心してください」鴻上さんは低い声で続けた。「一次選考や二次選考で行うグループディスカッションとは本質的に意味合いが異なります。すでに我々は五千人以上の学生を落とし、あなたたち六人を選抜しています。あくまで最終選考としての グループディスカッションです。ディスカッションの出来によっては、六人全員に内定を出すという可能性も十分にあります。ただ我々が望むのは、互いの特性も、経歴も、弱点も知らないまま、壊れ物に触れるように怖々と進んでいく会議ではないんです。求めているのは、互いのことを隅の隅まで理解し合い、長所を最大限に生かし、一方で短所を補い合う、まさしくひとつの部署を、グループを、チームを結成して作り上げる、言うなれば『チームディスカッション』」

 鴻上さんは手元に広げていた資料を手早くまとめ、退出の準備を整えた。

「繰り返します。本番は一カ月後の四月二十七日。当日までに最高のチームを作り上げてきてください。内容がよければ内定は六人全員に出します。当日晴れてチームになった皆さんとお会いできることを、そして皆さんと一緒に仕事ができることを、心から楽しみにしています」

浅倉 秋成(あさくら あきなり)
1989年生まれ、小説家。関東在住。第十三回講談社BOX新人賞Powersを『ノワール・レヴナント』で受賞しデビュー。『教室が、ひとりになるまで』で推理作家協会賞の長編部門と本格ミステリ大賞の候補作に選出。その他の著書に『フラッガーの方程式』『失恋覚悟のラウンドアバウト』『六人の嘘つきな大学生』など。

KADOKAWA カドブン
2023年7月 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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