先月末に行われた毎日出版文化賞の授賞式で、複数の登壇者がスピーチで取り上げた話題が、NHKスペシャル「AIに聞いてみた」で示された「読書は健康寿命を延ばす」という仮説だった。10月に放送されたこの番組では、老人が寝たきりにならない方法をAIに聞いてみたところ、「運動よりも食事よりも読書が大事だ」という答が返ってきたのだ。出演していたマツコ・デラックスが「斜陽の出版業界は大喜び」とコメントした通り、関係者たちはAIが示した新説に敏感に反応したということになる。
2017~2018年には、読書の有用性を示す他のニュースもあった。将棋の藤井聡太7段や今年のドラフトの目玉、根尾昂選手ら“おそるべき10代”には、幼い頃から読書の習慣があることが伝えられたのだ。藤井7段は『海賊とよばれた男』(百田尚樹)、『深夜特急』(沢木耕太郎)、根尾選手は『思考の整理学』(外山滋比古)、『論語と算盤』(渋沢栄一)等を愛読書として挙げており、同世代と比べてもかなり大人びた読書傾向だと言えるだろう。
こうした情報に接すれば親たちが、子供に読書を勧めたくなるのも当然だが、一方で「本ばかり読んでも頭でっかちになるだけ」といった考え方も根強いものがある。本当に役に立つのは、あくまでも実体験のほうだ、紙で得た知識なんてタカが知れているじゃないか――。
読書と実体験。その関係をどう考えればいいのだろうか。
ベストセラー『国家の品格』で知られる藤原正彦氏は、新著『国家と教養』の中で、この問題について、わかりやすく解説をしている。実体験は重要だが、それを補完するうえで読書は必須だ、というのが藤原氏の立場である。
「本なんか読みたくない」という子供を説得するうえでも役立つであろう藤原氏ならではの「教養論」を引用してみよう。
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- 国家と教養
- 価格:858円(税込)
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読書を代表とする疑似体験は、実体験に比べれば概して深さも強烈さもはるかに小さく、人間の教養を豊かにする力としては微々たるもの、という声が聞こえてきそうです。その通りです。力としては10分の1かも知れません。しかし、一つ一つは10分の1の深さや強烈さの疑似体験でも、自ら求めさえすれば実体験の100倍に上る回数を体験することも可能です。そうすれば実体験だけの人に比べ10倍の教養を得ることができることになります。
特に疑似体験の柱となる読書なら時間も金もさほどかかりませんから、いくらでも重ねることが可能です。読書を通じ、古今東西の賢人や哲人や文人の言葉に耳を傾けることができます。漱石やドストエフスキーの言葉に耳を傾け、紫式部や清少納言やシェークスピアと親しく対面することもできます。文庫本代を払うだけで、あり得ないような恩恵を受けることができるのです。
ポジショントークしかしない政官財の人々や、テレビでもっともらしいことを自信満々に語る人々でなく、幾歳月にわたる歴史の星霜に耐えた、古今東西の賢人達の精魂こめた授業を、タダで聴講することができるのです。知識や思想を吸収できます。文学書を読めば古今東西の庶民の哀歌に触れることで人間としての美しい情緒や、醜い情緒を学ぶことができます。それらに共感し、時には涙し、時には奮い立つことさえできるでしょう。
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ちなみに藤原氏は現在75歳だが、現役で教壇に立ち続け、つい最近まで週刊誌にもコラムを連載していた。いたって健康で執筆意欲も旺盛だ。同書では、こんなふうにも本の良さを語っている。
「私は餃子と豆大福が大好物です。人間はこれらを食べなくとも幸せな人生を全うできます。しかしこれらを口にせず死んで行く人を心の底から気の毒と思います。私はショパンを聴いたり、童謡や歌謡曲を歌うのが大好きです。これらを聴かず、これらを歌わなくとも、幸せな人生を全うできます。でもそういった人々を気の毒に思います。本を読まない人に対しても同じ気持ちです」
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