書体には、それぞれの持ち味を最大限発揮できる「本文=適所」があるってご存知ですか? それぞれの作品にふさわしい書体選びを、神品「ヒラギノ体」の創始者が伝授します。
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この講演は今回で二度目の開催になるんですが、前回も参加された方、いらっしゃいますか? 1/4ぐらいしか手が挙がらない。あんまり評判良くなかったんじゃないですか?(会場笑)
この講演は今回で二度目の開催になるんですが、前回も参加された方、いらっしゃいますか? 1/4ぐらいしか手が挙がらない。あんまり評判良くなかったんじゃないですか?(会場笑)
今回は、「書体の適材適所」というテーマでお話しします。どのような小説にどの書体を選べばいいのか、一緒に考えていきましょう。
まず、「ふさわしい書体」というものの分かりやすい例として、様々な特殊書体をご覧いただきます。これらの書体が一体何のために作られ、どういった特徴を持っているのか一つ一つ見ていきましょう。
これは何と呼ばれる書体でしょうか(図1)?「古今亭」と書いてあるぐらいですから寄席に使われる書体で、ずばり「寄席文字」といいます。江戸時代、主に落語興行のポスターに使われた書体で、江戸文字(当時盛んに使用されたデザイン性の高い文字群)の一種です。この文字は書き方が結構面白くて、たとえば「今」の二画目の払い、ちょっとはねてありますよね。実はこれ、わざわざ画を改めてチョンとつけてるんです。同じように、五画目の縦線は撥ねているのではなく、あとから縦線にくっつけるように書いています。
二つ目は、勘亭流(図2)。歌舞伎の番付に使われた文字です。
これはかつて第一人者だった竹柴蟹助さんという方が書かれたもので、銀座の歌舞伎座の演目を紹介する看板などに使われていました。筆で、一発で書かれています。
勘亭流は全国各地それぞれの地域でスタイルが異なるので、大阪の方にとって東京の竹柴さんが書いたものは「あんなのは勘亭流じゃない!」というぐらい非なるものに映る。確かに僕も、京都南座の看板を見ると、「あ、まったく違うな」と思いますね。なんとなく、東京のより可愛くて簡略化された感じがするんです。
実は、寄席文字と勘亭流ってもともとすごく似た文字だったんです。それを橘右近さんという方が「橘流」なる寄席文字を創始して徐々に洗練させていって、現在のような特徴ある文字になりました。実は僕、40年ぐらい前に橘さんのご自宅にお邪魔したことがあるんです。玄関を入ると、いきなりあの「笑点」の額が目の前に掛かってました。(今は右近さんのお弟子さんの左近さんが書かれたものになっています)
橘家の蔵書は全て茶色い紙でカバーしてあって、背表紙に寄席文字の、きっちりとしたタイトルが書いてあるんですよ。それがものすごくきれいだった。しかも襖には寄席文字の、小さな千社札のようなものがずらりと貼ってあって、なんというか、うっとりしましたよ。しかも贅沢にも、当時僕が所属していた温泉友の会にちなんで、「湯友」って橘さんに書いてもらったんですよ。いいでしょう?(会場笑)
橘流の寄席文字は、フォントにしてはいけないらしいんです。なぜなら橘流を正式に継承している方々が全国各地にいて、それぞれの工房で書き続けながら、手で繋いでいってるからです。つまり、誰もが勝手に使えるようなものではないんですね。現在は18名の方が正式な継承者として認められています。
「新聞書体」(図3)というのもあります。新聞を取っていない方、手を挙げてみてください。(約4/5が挙手)多いですね。ニュースはネットで見ているんでしょうか。新聞書体はスマホでは使われていないのであまり見慣れないかもしれませんが、ご存知のようにちょっと平べったいんですよ。横:縦=10:9ぐらい。ちなみに2008年まではこれが10:8でした。ちょっと紙面を思い出して頂ければと思うんですが、新聞には段がありますよね。当時はその段の縦に15文字収まっていました。今はご覧のとおり12文字です。3字減らすことで文字を大きくしたんですね。新聞の主な読者であるお年寄りの目により優しい組になりました。
それから、「横太明朝体」(図4)。これは文字通り、横線が太い明朝体。昔のブラウン管テレビは走査線が横に走っていて、解像度も低いので明朝体の特徴である細めの横線がとんでしまうんですね。それでテレビ用に横線が太めの書体を開発することになりました。
次に「教科書体」(図5)。小学校の教科書のための文字です。特に書写と国語が強く連携していて「読み」や「書き方」を学ぶのに便利に作られています。明朝体に似ているようで少し違いますよね。アルファベットとか数字が、ちょっと丸ゴシック(図6)ぽいです。子どもたちは普段鉛筆を使っているので、こういう等線体(線幅が均一な書体)で、大ぶりな作りになっています。字がよりはっきりと見えた方がいいので。ちなみに文字に一箇所ずつ白丸がついていますが、これ、何だと思います?
(聴衆の一人――「書き順?」)
そうなんです。これ正確な書き順を覚えるための注意喚起なんです。教科書体は唐の時代から続く楷書の伝統的な書き方にすごく忠実に作られていて、基本的には、先に書く線が突き出るように作られています。例えば「原」。これは横が一画目、そしてはらいが二画目。だから横棒が突き出る形になります。「成」ははらいが一画目で横が二画目。だからはらいのほうが突き抜けてますよね。一方「口」の場合は変わっていて、最後の画が横に突き出ています(図7)。これは書き順とは関係なく、連綿と続く書き癖を踏襲しているんですね。
こういう細かい点の処理はかなり判断が難しい。だからいつも教科書会社の人たちにチェックしてもらっています。おそらく各教科書会社には、それぞれにお付き合いのある専門家の方がいて、その方の指導のもとに判断されているんじゃないかと思います。というのもあってか、昔は光村図書と東京書籍とでは微妙に処理が違ったんですよ。例えば「恩」の五画目が「止メ」だったり「ハライ」だったりしていました。最近はだんだん似てきていますが。
余談ですけど、最近、平仮名の「も」を横棒から書く人いるんだよね。普段いろんなところで学生を見ていますが、どこにでも必ず一人はいます。文字づくりの講義の最初にレタリングのデザインを書くんですが、それを見ると分かる(図8)。
正確な書き順の「も」は、一画目のおわりに、二画目の横棒に向かう上向きの筆運が残るじゃないですか。一方で間違った書き順の「も」は二本の横棒が平行になってしまいます。だからもう、一目で分かっちゃうんです。
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